「負けたら、終わる…」戦う覚悟が切り開いた、世界最高峰への道ーーF1・角田裕毅が初めて涙した“惜敗”と乗り越えた“洗礼”
日本人最年少となる20歳で、モータースポーツ界の最高峰F1ドライバーデビューを果たした角田裕毅。5年連続のF1参戦が確定した、Z世代のスターが歩んできた道のりには、知られざる危機と苦悩があった。ドキュメンタリー番組『Number TV』にて、二度の“挫折”と再帰を支えた恩人について、角田選手が語った。※トップ画像出典/Getty Images
アマチュア時代、選考会“敗戦”で閉ざされたデビューへの道
2000年生まれの角田選手は、モータースポーツの選手であった父の指導を受け、4歳からレーシングカートをスタートした。2006年、当時6歳で地元サーキットのシリーズチャンピオンに輝いて以降、2015年JAF全日本カート選手権総合2位入賞など、ドライバーとして突出した才能を発揮している。2016年には親元を離れて、鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS)の門を叩く。ここから、順調に思えた道のりに大きな転機が訪れた。
F4公式戦デビューが確約されるスカラシップ選考会、たった2名の合格枠を勝ち取るべく、すでに国内外にて成績を残す年上のライバルたちと切磋琢磨する日々。ほぼ無名の角田選手は徐々に腕を上げ、若手の登竜門・スーパーFJドリームカップレースにて優勝。一時は首席卒業さえ囁かれる好成績をマークするも、最終選考会にて父をして“楽観主義”と言わしめる悪い癖が出てしまう。
「甘えが出てしまいましたね。最も評価される重要な3つのレース、全てダメでした。フライングとコースアウトもしてしまって。今回のテストで落ちたらレース活動は終わると前々から話していたので、帰りの新幹線で泣いたのを覚えています。初めてレースで泣いたんですよね。モータースポーツで悔しくて泣いたのは、そこが初めてでした」
起死回生の“推薦”崖っぷちからトップ選手へと駆け上がった2017-2018シーズン
レース活動に終止符が打たれかけた角田選手だが、天はその才能を見離さなかった。角田の走りに興味を持った、元・F1ドライバー中嶋悟校長(当時)の推薦で、翌年2017年より角田選手はSRS枠にてF4公式レースに参戦することが決まる。
「心の中に炎が宿るっていうじゃないですか、その色が違った感じです。炎がつきだしたのは、ちょうど父から離れたあたり。とくにSRS時代で赤い炎がついたとすると、いったん消えた炎が、再挑戦が決まったことで青い炎になった。『人生を賭けてすべてのレースに挑戦しよう』『ドライバーとして日本一、世界一になろう』という感情に変わりましたね」
覚悟によって鋭さを増した角田のスピードは、世界を席巻。2017年に岡山ラウンドで史上最年少優勝を果たすと、翌2018年には年間チャンピオンに輝く。その後も、驚くほどの速さでランクを駆け上がり、2020年FIA F2選手権にて日本人初となるFIAルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞。スクーデリア・アルファタウリ・ホンダチームのシートを掴み、日本人史上最年少の20歳にて、念願のF1参戦を叶えた。
「才能だけじゃ、ダメだ」夢に見たF1の世界でルーキーが経験した厳しい“洗礼”
角田選手はF1初戦で、いきなり9位入賞の快挙を成し遂げる。華々しいデビューを飾るも、真の戦いはそこからだった。第2戦では、初めてのクラッシュを経験。マシン大破の恐怖を味わったことでリズムを崩し、不調を立て直せないままクラッシュを頻発してしまう。さらに「チームからの絶対的な信頼はなかった」と自身が振り返るように、チーム内に溶け込めず、コミュニケーションの壁にも苦しんだ。行き詰まった角田選手だが、当時チーム代表を務めたフランツ・トスト氏の愛情深い指導によって、次第に輝きを取り戻してく。
「フランツはずっと僕の才能を信じてくれていたんですよ。『裕毅は才能だけだったら、F1のトップに負けていない。ただただLAZY(頑張らない)』と言われましたね。F1は世界トップ20に登り詰めたドライバーばかりなので、全員才能がある。その差を広げるには、どれだけ才能を最大限活かすハードワークをするかが一番重要だと、気づかせてくれました」
トスト氏の元、角田選手は居住国をイタリアに変え、レース以外の全てを見直す生活を始めた。トレーニングや語学学習を含め、まるで学生のようにびっしりと時間割が組まれたという。その努力は次第に実を結び、角田選手は「視野が開き、僕がどんな仕事をしなくてはいけないかがわかるようになっていった」と振り返る。チームとも密に連携し、苦境に喘いだ初年度の最終戦を自己最高の4位で締めくくった。
角田選手が“挫折”から学んだ武器と新シーズンへの覚悟
角田選手は一度目の“挫折”を跳ね除けて夢を掴み、二度目の“挫折”からF1という競技への理解を深めた。そんな角田選手が考える「挫折」が持つ意味とは。
「『挫折』とは、新たな自分を発見できる、すばらしい機会ですね。『挫折』がなかったら、今の僕を発見できてない。自分の素も全部見られるし、落ちれば落ちるほど、どれだけ周りに支えられてきたか、気づくことができました」
2024年をキャリアハイとなるランキング12位で終えた角田選手が、次に見据えるものとは何なのか。
「ドライバーとしては、まずはチャンピオン。シリーズチャンピオンを取るのが夢です。“完璧な”ドライバーになりたいですね。走りだけではなく、タレント性や普段の振る舞いなど、すべてにおいて完璧に近いF1ドライバーに近づけたらと思います」
『NumberTV』 挫折地点~あのとき前を向いた理由~
タイトル:#12 角田裕毅
配信日:2024年9月26日(木)0:00~ 全24回配信(月2回配信予定)
콘텐츠: トップアスリートの「挫折」と「復活」をテーマにしたドキュメンタリー番組。過去の写真が飾られた特別な空間(Number Room)で、アスリート本人がこれまでの人生を振り返り、挫折の瞬間や前を向けた理由について語る。
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